2012年01月17日

野田総理の瓦せんべい

一昨日、久しぶりに自転車で遠乗りをしたもので、今日になってもまだ筋肉痛が続いているのだ。

高校の通学用にと、父親に買ってもらったブリヂストンの『スーパースピード10(SS-10)』という自転車を、黄色い「都立杉並高校」の通学ステッカーを貼ったままで後生大事に持っているのである。

これを休日に、サイクリングというか遠乗りの時だけに使っているのである。

とにかくまだまだ貧窮状態なので、電車賃を浮かせるためにも大事なアイテムなのである。

日曜日の朝早く、ここ杉並の上井草から日野の百草園まで、三鷹を越え府中を越え多摩川を渡って行ったのであった。

元アップル社にいた方が日本に戻られたので、挨拶がてら参った次第であるが、厳しい話やすごい話をたくさん伺ったのである。

米国アップル者の天才女性のことや、インターネット黎明期の話などは、できれば何か読み物にして戴きたい次第である。

ここで書くのもよいが、なかなかまとめて書けないなぁ。

で、娘が瓦せんべいが好きだと漏らしたことを思い出して、近くにないかと探してみたところ、神田岩本町から一直線の人形町にお店があることがわかったので、その筋肉痛をおしてまで行ってきたのである。

たまたま会社を早くあがれたので、そのお店は午後6時半には閉まってしまうことがわかったので、まぁ30分もあれば簡単に着くだろうとタカをくくって行ってきた次第である。

しかし、冬は暗くなるのが早い。

その昔、維新カステラ屋にいた頃のこと、ここ人形町の時計台の前にウナギの寝床のようなカステラ店を出したことがあったのだ。

それで、土地勘がなくもないはずにも拘らず、よくわからなくなってしまったのだが、とにかく着いた。

ほとんど6時半であった。

ここは、人形焼の店「人形町・亀井堂」。

店に入ると、間髪入れずに人形焼を半分にしたのを楊枝で出されたのだ。試食である。

娘と家族が食べるのでとにかく安いものを探していたのである。当然袋入りのもの。

ところが、ヘンなモノが目に入ってしまったのだった。

『国会議事堂みやげ…がんばるノダ』(野田総理の瓦せんべい)であったのだ。

すかさず買ってしまいました。

すると商品を渡される時に一緒にもらったものがふたつ。

ひとつは丸瓦せんべいを半分にしたサンプル(ちゃんとフィルム包装がされてます)と、アドマチック天国(テレビ東京土曜夜9時からの番組)で堂々第1位になった旨のパンフレットであります。

とにかく試食をくれるとこなのかしらん。

早速娘に食べさせたところ、なかなか評判がよろしい。

私には良質のまぁ瓦せんべいとしか言い様がないのだけれども、東京みやげの話のタネにも良さそうでもある。

娘に好評のため、また買いに行きますですよ。

しかしながら私としては、今度は試食させてもらった人形焼にしたいです。

でも、せっかく人形焼を作っておられるのだから、もう2回り大きくして、
『景気回復・復興促進・七転び八起き・必殺野田ダルマ人形焼』
を作ってほしいです。

隠し味には、野田の醤油をちょっぴり入れるとグッドです。

もう書いちゃうけれども、維新カステラ屋の『三笠山』なるドラ焼きには、実は隠し味としてお醤油が入っているのであります。

テレビでも公表されたと思うからよいでしょう。企業秘密はとっくに溶けているはずです。

しかし、野田総理の瓦せんべいは、国会議事堂と人形町と通販でしか売っていないのでしょうか。

こんなにも昔ながらのしっかりした箱と包装紙であります。

亀井堂1.jpgこういうシールが貼ってあります。

亀井堂2.jpgこれぞ野田総理。ダチョウ倶楽部の竜兵さんではないです。
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2012年01月05日

ソニー生命のカレンダー届いた

前回のこのブログで、毎年末に娘が楽しみにしているソニー生命の犬イヌカレンダーが届かないことを書いたのですが、なんと担当者から電話が来ました。

このブログを読んでいてくださったことがひとつ。

宛先のラベルが剥がれてしまったものか、宛先不明で戻ってきたカレンダーがあったそうで、どうもそれが我が家宛のものであったとのことで、昨日再発送された旨を電話してきてくださったものであります。

ちゃんと届きましたよ。ありがとうございました。

娘は中学1年になるのに、このカレンダーでは飛び跳ねるほどに喜んでおります。

とにかく毎年、ワンちゃんのかわいい顔が12枚届くのであります。

早速、家内の実家でもらってきた日産の自動車カレンダーを取り外したのであります。


本日は、私の新年初出社でありました。

神田岩本町は、それなりのオフィス街なのですが、西武新宿線はそんなに混んではいませんでしたが、東西線も都営新宿線も既にいつもの混雑さでありました。


昨日の朝の夢は今でも覚えているものです。
それに、今朝の夢は忘れているのにです。

その夢とは…。

渋谷での何らかの研修の合間に、昼休憩で地下のレストランに行こうとしたのですが、閉まっていました。

一緒に行ったのは、新人で一緒のプロジェクトで出会ったT君。(きっと年賀状の印象が強かったのでしょう)

「それじゃあ、時間もあるし、僕の実家に行くかい」として、無謀にも渋谷から石神井の実家にやってきた。

夢なので、交通ルートは何故か省かれていて、実家のごく近くの金重商店でコロッケを買ったのだ。
(金重商店は、とっくになくなっているし、どちらかというと雑貨と駄菓子屋が合わさったもので、コロッケなぞは売っていないのだ)

それから私の実家にゆくと、母は着物を着ていてこれから北海道の知り合いのところにお見舞いに行くという。

私は、既にT君ではなく大学の同期のH君を招いて部屋に入れたのだった。(どういうわけか、金重商店で、既にすりかわっていたように思う。)

母に食事の支度を頼めないので、冷凍庫からラップに包まれたごはんを取り出し、電子レンジにかけたのだった。

石神井の実家は、一昨年末に引き払っているし、間取りは私が小さな頃の台所であったようだ。
つまり、立て直し前のもの。

それに、家に入れたH君も数年前に亡くなっているのである。

そういえば、T君もH君も実家に呼んだことがあり母に会っていたと思う。

生きている人も、亡くなっている人も混在するのが夢なので、私は夢から醒めてもゾッとすることはない。

むしろ懐かしい気持ちにもなるものであるのだ。

そんな昨日の夢だった。

さて、日産の葉っぱの電気自動車カレンダーをどうしようか。
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2012年01月01日

新年明けました

このブログをご愛読の皆様、新年おめでとうございます。

一昨年からの失業状態をちょっと脱しまして、昨年12月より契約社員としてやっとこさ働ける身の上となりました。

但し仕事があり継続できれば3ヶ月毎の更新となるはずなのですが、スレスレの労働状態です。
システムソフトのテスト要員であります。

昨年は、今どきありえない会社での2ヶ月間、区議会議員候補選挙の応援、職業訓練校での勉強、そして果てしない就職活動の一年でありました。

選挙応援中に東日本大震災がきまして、日本国中騒然続きとなったことは周知の通り。
一生のうちでも忘れられない出来事でありましょう。

このことが、就職活動に更に響いたことでもあります。

選挙運動中の出来事記述が中途半端の「その6」でストップしているのは、パソコンが壊れてしまい、記録や写真がすべて吹っ飛んでしまったからであります。

そのうちに、記憶から綴ろうと思ってはいたのですが、とうとう年を越してしまいました。

いくらかほっとしての年末年始となりましたが、家内がパートでその年末年始と仕事に出ているため、私が大掃除をしっかりとすることになりましたがしかし、一昨年の実家急遽引越しの折りの段ボール荷物がまだまだ未整理のまま。
今年の課題であります。

あぁ、部屋をすっきりさせたい。

本日元旦恒例の井草八幡宮でのお囃子の打初めでは、三回も笛を吹いてしまいました。

それも、自分が吹いている最中に地震がおきまして、演奏場である招神殿は古い作りなものでかなり揺れましたが、なんとか続けました。

西武新宿線が止まるほどの揺れだったのですね。

その後の新年会では地元の先輩方に激励を受け、ありがたい次第です。
いよいよ新たに『崩し』の練習に入ります。

そんなこんなで明けた新年。

今年もどうぞ宜しくお願いいたします。


*  *  *  *  *  

大晦日の自宅前カレンダー放出では、意外なことに「東映カレンダー」が最後まで残ってしまいました。
午前中に出したのですが、なくなったのは午後4時過ぎのこと。
残念ながら、コジマのカレンダー(1枚もの)が残ってしまいました。
今年は人通りが少なかったのでしょうか。

それにしても、家で貼る楽しみにしているソニー生命の「犬のカレンダー」が今年は届いていないのです。
担当者が変わったというお知らせは届いていないし、ソニー生命に不況はないし、考えられることはひとつあるのですがね。
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2011年12月30日

東映カレンダー最高!

思えば一年以上も異業種交流会に参加していなかったのだが、クリスマス会があるというので、久しぶりに同士の顔を見に参加したのだった。

その時のおみやげでもらったのが、この「2012年東映カレンダー」だ。

本当はワンピースのカレンダーがほしかったのだが、東映関係者から「デロリンさん、これ持っていって」と言われてしまったので、受け取らざるをえなかったのだ。

なんと豪華13人の俳優写真からなるカレンダーなのである。

扉が高島礼子さん。一番先にめくられてしまう運命なのだ。お着物でござる。

1月は萬田久子さん。こちらもお着物でござる。

2月は村上弘明さん。『救心』のコマーシャルを降りたのですか?

3月は貫地谷しほりちゃん。いいね〜。これだけ切り取っちゃおうかな。

4月は哀川翔アニキ。雰囲気ばっちりだ。

5月は黒谷友香さん。ちょっといいお色気である。

6月は北大路欣也さん。大モノ時代劇俳優なのだけれども、何故か犬のお父さんなのだ。

7月は中越典子さん。今年初めのイオンのコマーシャルで小指を立てて唄っているのを見て、「やるなぁ典子さん」と思いきや、武井咲ちゃんであったのだった。
正直なところというか、恥ずかしながらずっと中越さんであると勘違いをしていたのである。

サラリーマン・ネオでの活躍といい、イオンのコマーシャルに出ていても全く遜色はないと思うのだが、世の常で若い方にばかり目が向くことは残念である。

8月は小林稔侍さん。夏なもので、スイカをもっておられます。

9月は南沢奈央ちゃん。私はコンビニの店員さんしか知らないのですが。

10月は渡部秀クン。これが東映の若手ホープなのだろうか。勉強不足のため、私の全く知らない俳優さんです。失礼いたします。

11月は檀ふみさん。石神井の誇る才色兼備なのだが、このところドラマに出ておられますか?

12月は渡瀬恒彦さん。吉幾三とまちがえちゃいけない。

と、このように豪華絢爛といえば確かに豪華ではあるのだが、このカレンダーに載る規準とはいったい何なのであろうか。

テレビドラマ基準でもあり、映画出演度ともいえなくもなし。

また、会社貢献度といえばいえそうであるが、すなわちスポンサー貢献度なのかもしれない。

老若男女に亘って知られている認知頻度ともいえそうだが、すなわち人気なのであろうか。

もっとも若い方々は将来性もあろう。

難しい基準のように思えるのである。

それとも、東映のお偉いさんがおひとりで決めておられたりして…。


せっかく戴いたカレンダーなのだが、我が家では貼れる場所がないもので、年末恒例の自宅前カレンダー放出を明日行います。(箱に入れて「ご自由にお持ちください」をやります)

今年はためておいたカレンダーが少ないので、出せば30分くらいできっとすべてなくなることでしょう。

この東映カレンダーは、正に目玉となること間違いはない。

丸めてありますが、「高島礼子」文字が目につきますので、中年の男性の手に渡るのではないでしょうか。そんな気がいたします。

ただ玄関前に箱を置いておくだけなので、毎年いったいどなたが何のカレンダーを手にしたなんてことはわかりません。

何しろこちらは家のそうじでたいへんなんですから、どうもスミマセン。
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2011年12月29日

柄本明、三連発!

何のことはない。

先週末に私の見たテレビ番組に、俳優の柄本明さんが出ていたということなんです。

23日(金)、TBSテレビのドラマ『帰郷』で、主人公兄弟医師(渡哲也・渡瀬恒彦)の幼馴染の行徳の神輿職人を演じていた。

味あるなぁ。

でも渡瀬恒彦といえば、このところ石の森章太郎原作の『お宮さん』シリーズなのだが、なんだか吉幾三に見えてくることがあるのは私だけだろうか。

24日(土)、あの日本テレビ『妖怪人間ベム』の実写版で、「名前のない男」を演じられていた。

赤い顔で、幽霊なのか妖怪なのか、はたまたタイミングのよい人間なのか…、それでも、しっかりとキーマンの難しい役どころであったのだ。

これも、柄本さんならではと思える。

それに、あがた森魚や広田レオナが出ているとは…、ナンなんだ〜。

『妖怪人間ベム』は、私の小学校の頃のテレビアニメ放映だったのだが、どういうわけか「妖怪人間ベムトランプ」が実家の整理で見つかった。

このトランプをオークションに出したら、はたして値がつくものだろうか。

25日(日)NHKスペシャルドラマ『坂の上の雲』の乃木将軍。

もちろん、前回の「203高地」や前々回の苦悶する乃木将軍の難しい役どころには目を見張るものがあった。

今回はほんのちょっとの行進シーンと天皇謁見前だけだったのだが、この『坂の上の雲』での乃木将軍は柄本さん以外にはありえないものだったと思う。

柄本明さんは、この12月だけでも、もっと多くの芝居やテレビ出演をされていたのかもしれない。

しかし、連続三日間をこのように全く違ったキャラクターを演じ分けられるとはみごとなものである。

役者はすごいと思う。
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2011年12月08日

最高の片想い

『最高の片想い』とは、タイナカ・サチさんという歌手が唄っている歌の題名です。

初めて聞いたのは、NHK深夜アニメ「彩雲国物語」のエンディングでありました。

聴いた瞬間から、心に響いたというか、パンチをくらったというかでありました。

もちろん手に入れようとはしたのですが、何故か途中でエンディング・テーマ曲が変わってからというもの、諦めてしまったのです。

もう何年も経っているのに、昨日、なんと手に入れてしまいました。

実は秋葉原の某会社に面接に行った帰りの、高田馬場のBIGBOXのコンコース。

ここで、CDとDVDの新旧(新品と中古の)バーゲンをしていたのです。

で、何気なくのぞいてみたら、タイナカ・サチさんの「Dear…」というアルバムを見つけてしまいまして、『最高の片想い』が手に入ってしまったのです。

ついでにその後、「坂の上の雲」の文庫本4巻目を探して上石神井のBOOK-OFFに入ったのですが、105円で探し物はなかったために、漫画「ツレがウツになりまして」を買ってしまいました。

帰宅してからアルバムを聴いてみると、あの当初の雰囲気がない。そんなはずはない。

夕食をとってから、改めて今度はヘッドフォンでボリュームを大きめにして聴いてみました。

耳に押し込んでやるくらいの音にして、やっと思い出してきました。

アニメも当時の自分のことも、そして歌の内容も鮮やかに…。

この曲いいなぁ。
こんな僕を思い出してくれる女性っているのかなぁ。


今までタイナカ・サチさんのお顔を知らなかったもので、このCDで初めてわかったのですが、何となく女優の伊藤蘭さん(キャンディーズのランちゃん)に似ているのですね。

こりゃ、ジャケット写真をながめるだけでもよいです…いやいや、やっぱり歌よいですよ。
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2011年12月04日

談志が死んだ

今日、日曜日の午後のNHK総合で、落語家の立川談志師匠の追悼番組のタイトルがこれ。

『談志が死んだ』

弟子の志らくさんがナビゲーターをしていたのだが、懐かしい番組からと高座がひとつであった。

その出し物が「芝浜」である。

おそらく、何回とはなしに談志師匠のを聞いていたと思われるのだが、改めて映像で見て実感すると、涙がこぼれてしまった。

噺は、今の自分にもオーバーラップしないでもないのだが、それも含めてつくづくいい噺だと思う。

また、いい噺家によるものなのだ。

もちろん、どちらの噺家がおやりになられても、それなりなのであろうが、談志師匠のはちょいと違った味があるのだと思う。

やっぱり、もう出てこないと思う。

残念だが、仕方がない。
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2011年11月23日

トロールの森最終日

期末試験の済んだわが娘は、その結果次第でゲーム機を取り上げられるかもしれないのに、家でまったりしている。

天気がよいので、井草八幡宮の境内に出ている露店のタコ焼きで釣って、散歩に出かけたのだった。

案の定、お宮は七五三の参詣でいっぱいである。

駐車場も満杯。境内も参内もいっぱいの親子プラスおじいちゃん・おばあちゃんである。

これならば、青梅街道をまたいだ『木曽路』(高級しゃぶしゃぶ店)も予約でいっぱいであろう。

うちの親子もお参りをしてからタコ焼きを買った。6個で400円である。

境内はナンだからとして、善福寺公園まで歩く。

娘は昨日の体育の授業でデングリガエシの練習をしたとかで、首と太腿が筋肉痛ということである。

公園に着くと、「トロールの森2011」の展示最終日である。

娘はすぐに案内プレートに見入り、展示を見ながら歩くことになった。

何回となく秋の公園展示に来ているが、晴れた日の木漏れ日の中を歩くことは清々しい。

それでも日陰は肌寒いので、陽の当たるベンチでタコ焼きを食べた。

あんまり売れてないようで、硬かった。

娘が5個で私は1個である。

娘の食べたものでは、タコの入っていなかったのもあったようである。

DSC_0124.jpgこれがプレート。

DSC_0104.jpg方舟だそうです。

DSC_0105.jpgハンモックか。

DSC_0107.jpg映画館なんです。

DSC_0109.jpg開かない扉。

DSC_0110.jpg斜面を利用したオブジェ。

DSC_0117.jpg風を見るそうで。

DSC_0118.jpg雪が見える。

DSC_0121.jpg子供には良い位置。

DSC_0122.jpgアーティストのライヴ。

DSC_0123.jpg何やら囲い。
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2011年11月20日

女子なしプチクラス会

11月に入ってからというもの、全くこのブログに書いていないことは誠に申し訳ありません。

地元の井草八幡宮では、もう銀杏も拾いつくされ、緑や黄色の落ち葉の中にも、きれいな赤い葉っぱを見つけると、秋のやすらぎを感じます。

すっかり秋なんですね。

で、私はいったい何をやっているのだろう。

前回からの間にも、娘の中学の「校内合唱コンクール」あり、地元町内会の「歩こう会」は長瀞でした。

娘も出演の「杉並区中学校合同演劇発表会」には夫婦で出かけ、またもや娘の中学での「思春期を迎えた子どもとどのように向き合うか」の講演会ありで、本来ならブログネタには全く困らない状態だったのですが、それがなかなか書く気になれない心持ちだったもので失礼いたします。

昨夜は恒例のプチクラス会。

もう40年前の南田中小学校6年3組の有志が、2千円内でのつまみの持ち寄りを参加費として、幹事というかホスト役K君宅に集まって、よもやま話を深夜まで語らうというものです。

今回の出席は、電気通信会社のS君、大工のM君、ブティック経営のY君とホスト役I重工会社勤務のK君と私。

途中からK君の高校生の娘さんが入ったといえば、ちょいとおつまみのいただきといったところでしょうか。

K君は数年前に離婚していまして、この娘さんと二人で暮らしているので、ムリもきくのです。

で、本当ならばある女性の都合に合わせてのこの日だったのですが、仕事疲れで来れないとの連絡が入り、おまけに雨なので他の女性陣も全滅だったわけで、男子だけの会でありました。

しかし、これもなかなかよい。

何しろ気を遣わないで…いやそんなに気を遣う間柄ではないのだけれども、女性がいることでの遣いようがないもので、こういうのもありでした。

もっとも、女子を目当てにしてきた者がいたならば、それはそれで残念でしたでしょう。

いろいろなことが話題にでましたが、ここでは申しますまい。

夕方出かける時にはムワッとした空気でしたが、雨に降られながらの旧実家近くに来たところで、急に北風とともに気温が下がり寒気を催してのクラス会入り。

ところが帰り(0時30分頃)には雨も上がり、寒くもない気温となっておりました。

私はポンチョを着て自転車で向かったのですが、ポンチョ丈が短かったのと風のためにジーパンはビショビショ。

K君のトレパンを借りて、おまけに乾燥機までかけてもらいました。

こういうのは同級生だから、比較的気楽に双方とも言い出せるところです。

私のジーパンが乾いたところで、遅れてきたM君が到着。

彼も濡れていたため、借りたトレパンは今度はM君が穿くことにもなりまして…、友だちっていいですね。

久しぶりにくつろいで話した時間でありました。

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2011年10月25日

井草中合唱コンクール

先週10月21日(金)は、娘の通う中学校の校内合唱コンクールであった。

現在、校舎及び体育館講堂は建築中であるため、西武池袋線練馬駅北口の練馬文化センター大ホールでの開催であった。

このホールは落語会や知り合いの練馬交響楽団の定期コンサート、また前橋汀子さんのヴァイオリンコンサートなどで、以前は度々訪れており、懐かしい感じで入ったのであった。

このようなところで中学校のコンクールが開かれるとは、生徒にも親御さんにもよい思い出となったであろう。

一階席は、当然に生徒たちと先生、そして審査のための来賓の方々の席であり、二階席が父兄の席なのだ。

この日は曇りであり、雨が降るのではないかとも思われたのだが、思い切って自転車で出かけたのである。
自宅から練馬駅に出るには、どうしても電車とバスを利用しなければならないので、自転車では30分ほどの距離はなかなか機動がよいのである。
それに、カメラとレンズと一脚を担いでゆくので、尚更自転車が都合がよいのであった。

私は二階席の右側の桟敷の一番前の3席中の右側に座ったのだが、講演直前にやってきたご婦人に左側…すなわち中央寄りのせり出し席に通したのである。

この女性はお尻が大きい(失礼!)だけではなく、演奏中もシートを揺さぶるので、少々ピント合わせに難儀をしたものだが、彼女にとっては特等席となったようである。

合間に話しを伺うと、3年生の母親ということであった。
何しろコンパクト・デジカメにビデオカメラ、おまけにスマートフォンでの動画まで撮っていたのである。
シートは揺れるわけである。

私としては望遠レンズで娘の唄っている姿さえ数枚撮れればよいと考えていたのだが、知った顔顔があったので、それはそれ、昔のアマチュアカメラマンのムシが出てきてしまうのである。

まず学年全員で課題曲を唄う。

次にクラス毎になり、やはり学年課題曲を唄い、クラス自由曲を唄う。

その間に伴奏者と指揮者も替わるのだが、各クラスにピアノを弾ける生徒が必ず二人はいるわけで、私の子ども時代とはだいぶ違ってきていることを知ったわけである。

また、I組の「涙をこえて」の曲には懐かしさを含め、ぐっときて思わず手拍子を入れてしまったのだ。
この曲は、私の子どもの頃のNHKテレビの「ステージ101」という番組で、ヤング101が唄った番組のテーマソングなのである。
(ステージ101とは、その頃NHK放送局で一番大きな収録スタジオであったのだ。今は知らないけれども…)

その頃からもう40年も経っているのだ。
それでもこうして今でも唄い継がれているとは、すごいと思う。
おそらく唄っている生徒も、指導教官もそういうことは知らないかもしれない。
もちろん、私より若い世代の親御さん方も知らないかもしれない。
それでも、歌は知られている。

そんなこんなで座席が揺れながらも、結局全クラスを写してしまったが、もっぱら聴くことに集中していたので、〈唄い出したら撮って、すぐに聞き入る〉スタイルで通していたのだ。

ところが、PTAの合唱から騒がしくなり、何しろ名物PTA会長さんの指揮なもので乗りに乗ってきたのである。

このあたりから、シャッターをどんどん切るようになってきた。

PTA会長さんは知る人ぞ知る俳優でもあるので、生徒を乗せるのがうまい。

それに、ずっと厳格なマナーで合唱中は静かに聴くように諭されてきた生徒も、やっとタガをはずしてもよいのだということになったようで、後半は楽しい演奏会となった。

音楽は楽しまなくっちゃいけない。
もっとも、楽しみ方はいろいろあるのだけれども…。


最後の吹奏楽部の演奏もとても楽しくありました。

個人パートで前に出てくるのはよいですね。

それに応援する生徒の掛け声も、私には心地よかったです。

自分の知っている生徒が出てくれば、嬉しいじゃないですか。頼もしいじゃないですか。

幕間コントでもないのだけれど、曲の合間でのおしゃべり方式はいつから定番となったのでしょうか。

ここ数年話題になっている日本一に輝く都立杉並高校の吹奏楽部でも取り入れており、実は私はなんちゃってOBなのですが、私の頃はまったくなかったものでした。
指揮者のアダチ君がマイクを掴むというのはあったと思いますが。

で、小学校の学童クラブから知っている娘さんが、MCの後に演奏席に戻ろうとしてちょっとずっこけたところからがよかった。

けっして嘲笑ではなく声援が飛び、館内すごく緊張がとれ和やかさが一体となったようであります。

この3年生トランペッターの笑顔を、誰も忘れないでしょう。

なかなかこういう大ホールに立つことはできないわけで、生徒にとってはよい思い出になったと思われます。

生徒諸君はもちろん、先生方、PTA会長さん、コーラスのお母さん方、どうもお疲れ様でした。


【 お詫び 】
今回私の写した合唱コンクール写真集を、Picasaというウェブアルバムに掲載しておりましたが、
10月24日をもって一般公開を中止させて戴きました。
どなたかから伝え聞いて、Picasaにたどりつかれた方々には申し訳ありません。
現在は限定公開方式に変更しております。
悪しからずご了承ください。


合唱コンクール.jpgこの中に私の娘がいるのですが…。
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